最近、よく考えるのは、文化の違い。




事の発端は、前に書いた「WonderSilk」の海外での扱われ方からなのだが、昔から思ってたのは、まず、日本人は「与えられたものをそのまま使う」を好む文化なのだということです。

これは、幼少のころより「右にならえ」で教育されるし、集団行動が良し、中庸が善しとされてきていたので仕方がないと思われるが、根拠もなしに上の人間に逆らうと痛い目にあうとか教えられたことを忠実にこなせばいいのだとかいう意識が強いようです。


例えば、仕事で「文章の編集作業」という内容があったとします。その中で編集する人間は「編集」の人間であって「校正」や「推敲」をしてはいけないというのが基礎だったとしますね。

校正は校正の人間が居るし、それで生計を立てている場合もありますので、勝手に編集者が「校正」を行うこともできませんし、ましてや意味は同じでも作者の考えや気持ちが変わる可能性のある「推敲」をやってはいけない、この基礎ルールは非常に重要で守るべき事柄です。



ここまでは普通にわかります。

が、しかし、編集の人間が作者の些細なミスを大きく見つけた場合はどうでしょう。例えば「チャレンジャー」と「チャレンジャ」のように4文字以上続いている場合の「ー」の扱いなどが文中で統一されていなく、かつ事前に「この出版社は4文字以上続いたら伸ばさない」と決まっていたりする場合で、作者も知ってはいるものの、つい統一がされていなかった場合などです。



普通の場合、これを勝手に直せば、当然「勝手にいじった」と解釈され、仕事上は問題です。だから、それを恐れて何もしないで放置し「編集を終えてしまう」ことが多いはずです (というより、編集者がそういうのすら見ていないことが多いかもね)。

ところが、当然最後の段階で「語句が統一されていない」とかいって戻ってくることになりますが、ビジネス上では「これは予め取り決めたことだろ」といわれて無償で修正作業に入ることになったりします。

そして、校正する人に再度有償で見てもらう。当然自分の残業代はもらえない。時間だけが過ぎていきます。テキストをレイアウトする前にテキストエディタで語句を統一して置けば簡単に発見し未然に防げたはずのものを、そのまま放置したために、後で予想通りの泣きを見る。

こんなことはないでしょうか。

こういうのだって、例えば、事前に作者と話し、打ち合わせすることができれば、語句の統一は出版社にあわせて変更してもよいか尋ねられると思うんです。1分ぐらいの電話で後の数時間の作業を無くせるわけです。



与えられた仕事を一歩踏み出すとは、そういうことだと思うんです。電話一本ですんだかもしれないのです。そこで勝手に電話とかで連絡をとるな!という馬鹿な上司が居る場合もあるから余計に大変。もちろん、先に上司に伝え、その指示を仰ぐのは当然のこととしても、まぁ、そういう上司は得てして「与えられたことをすればいいのだ」と応え、なんだか馬鹿らしく思えるでしょうが。

与えられたことをこなし、言われたとおりにやって、「ほらみろ」という事が多くありませんか。それに輪をかけて「時間がないから早くしろ」みたいな事も言われたりしませんか。

・・・その上司が「頭を使わない」=「先回りしてもの事を考えない」から来るトラブルでしょうが、その上司のように貴方も考えるようになってきていませんか。何やっても無駄だから、考えないようにしよう、と。・・・なんだが、正直言ってこういう人は世の中少なくないみたいな気がしています。憶測でもの事を言うのは私の悪い癖ですが。


貴方はどちらの立場だろう。先の語句の統一のシチュエーションでも、「事前に統一語句に注意して作者に確認をとらない」上司が悪いのか、何も考えずに全体を見もせず作業を始めてから気がついて、それを見ないふりして始める部下の問題だろうか。思いも知らないといいながら、日常的にあることを問題としていない2人なのか。

昔、書類を読み上げるだけの会議に時間がもったいない(2時間以上やるんだ、これ)と、異議を唱えたら、会社のNo.2に「昔からこれでやっているので変えない」と即答で言われたことがあります。

あれは、今でも忘れられません。その隣に社長までいたのに、何も考えてくれないどころか、次の会議では何事も無かったように同じ調子だったのですから。私はその後1年にわたり、数回に一回、それとなく同じようなことを行ったのですが、私が辞めるまでほとんど変わりませんでした。


(正直あの会社はとっくに辞めたので気分スッキリなのだが、最近その会社がPCを売ったお客さんとの取引を私が新たに初めたのです。が、そのPCの売り方が酷い。収められたPCの中身を見て、肩が落ちました。〓私がいたときには、ちゃんと仕事で使いやすいようにサービスパックあてたり解凍ソフトを入れたりしてたんですが〓そういうのをしなくなっていることを目のあたりに見て、ただ普通より高めのものを掛けで売るだけの体制になっててかなりガックリきていたりします。あぁ、やっぱりその程度ね、と)



ポリシーまで無くなって「御用聞き」な営業、ビジョンを示せない社長に嫌になってて、ガックリきていたので早く辞めたいという感じでいたところ、色々あって辞めてから2年近く経って、色々な企業さんのTOPとお話しする機会が増え、ますます「誰かが異議を唱えられない、問題意識を唱えられる人がいない会社」というのは、実に古い日本らしい文化なのかな、と考えてしまいました。

最近の若い世代のTOPは、考え方が全然違いますネ。なんか、この2年の間の出来事は、そういう意味で貴重な時間です。


でも、この古い日本文化ってさ、ようは、軍隊と何が違うんだろう。体のいいロボット化。頭で遊ぶことしか考えてない。つぅか、この場合の遊びは「効率を上げよう」とか「いかに短時間で多くの仕事を確実にこなせるか」っていう思考などを持とうとしない〓つまりは頭脳を遊ばせてるってこと。

そりゃさぁ、与えられたことをそのまま指示通りにやって、時間もかかるの判っててその時間をめいいっぱい使えば毎日安定した給料で普通にゲームしたりどっかにいったりできて楽しいんだろうけどさ、人間として生きてない気がしませんか?かといって、じゃぁどうしろと?と言われても、一人一人の人生に私が関る事なんでできませんし、やりたくもありませんが。


なんか、変な方向に話しがいってるので、ちょっと別な観点から。

フリーウェアとして、WonderSilkのパーツ集やAgendusのアイコン、昔ならKaleidoScopeのスキンDeltaSeven等、私は今まで色々なものを提供していましたけど、不思議と「日本人以外」からの感謝や嬉しい、もしくはビューティフル!っていうメールを結構、頂きます。

正直、それがあるので翻訳変換ができるAiSoftのWXGという日本語IMEは重宝しているし、自分の中でやっぱり英語は必要なのかなぁ、とも感じてたりします。

また、メールも文章だけでなく、時には「僕の作った新しいスキンを貴方にさしあげます!どうですか?」みたいなシェアウェア作家からの添付メールとかももらったりするんだけど、どうも、日本からは極端にそういうのが少ない。


何か反響があるってのは、やっぱり嬉しいもんですよネ。

「ここを」こうして欲しいとかっていう問題定義や「改善しろ」的なメールは、日本人から良く来ていますが、そもそもフリーでアレだけのものを作って出すにはそれなりの時間を使ってることを意識していないメールも多いです。

感謝や添付メールでお礼などをしてくれる人は、日本人でも海外に住んでいる人の方が圧倒的に多い。どうも、日本人は「無償で」もらえることを当たり前のように受け止め、それで終わってしまう部分があるのかもしれない。

もちろん、私にもそういう部分があるのだろうし、全てがそうともいいきれない。最近の私はできるだけ自分にもそういう部分が無いか見つめようとしているのですが、まだまだだダメだなぁ、とも思っています。時間が取れないとメールを送れなかったりしちゃいますからねえ・・・。

ところで、最近気がついたのが、 お賽銭ウェアの趣旨、フリーウェアやシェアウェアとの違いというページの内容に記載されている内容。こういうのいいですね。わかりやすい形態だと思います。

なかなか、的を得ているというか、私の考えてたものにも近く、先に生まれ先に実行していた人はやっぱり凄いなぁ、と思ってしまったり。

正直、「これをああして欲しい」という要望は凶器にもなることを痛感。自分でも少し反省しました。

彼のソフトは、現段階では私に必要のないものなので、静観していますが、やっぱりフリーで凄いものを作ってくれる作家さんには何かしてあげたいと思うようになります。

私はドジなので、プログラムを書きはじめるといつまでもバグに気がつかなくて動かない、っていうパターンにはまりますので、なかなか手を出せませんが、ビジュアルで見えるものを作るなら目で見ておかしいことに気がつきますから、そこそこ頑張れます。

そういう意味で、Silk時計プラグイン用の壁紙や、WonderSilkのパーツ集などを条件つきフリー(営利目的で再販しない等)ウェアとして公開しました。いいソフトをみんなでもっと使ってもらいたいです。



でも、どういう風に使えばいいのか判りにくい、そういったものビジュアル的に補助できるなら、ソフトウェア作家さんに何かしらの形で恩返ししたい、とも思っています。お話しがあれば喜んでお手伝いしますんでお気軽にメールください・・・。


ソフトを通じて「設けよう」という考えでいる企業さんには厳しい目で見て、それこそインタフェースに注視して使えないと思う場合にはきっぱり「ダメ押し」するんですけど、それが企業には必要だと思うから敢えてそうしています。


・・・また、ずれた。えと、言いたいのはですね、今、なんらかの形でフリーのソフトをPalmに入れている人は、やっぱり作者さんに「お礼」や「こう使っていて便利です」っていうのを送ってあげて励ましてあげて欲しいんです。要望とかではなく、こんなに嬉しくて有り難う、というような感謝の気持ちをです。

何らかの形で記事にして取り上げてくれる人はもっと嬉しいです。本当に有り難う。そうでなくても、
お金・・・例えば、Tipとして払うことができなくても、ホームページを開設して訴えることができなくても、掲示板に書きこむのが不安であっても、作者へのダイレクトなメールであれば出すことはできると思うんです。



ソフトの質が上がるのは、一人の力ではできません。
まずは、ソフトウェア作家さんに感謝しましょう。何かしたいと思うことは、頭を働かせないとできません。創作でも感謝でも一緒です。ただ流されて、どっかのサイトで書かれていたファミコンゲームを俺もやってみようっていっていう時間があるぐらいなら、30分ぐらい悩んでもたいしたことではないじゃないですか。



CLIE SOURCEでは、WonderSilkへの賛美がしょっちゅうあります。クリクラでの掲示板には、今ではほとんどありません。

そういうちょっとした感謝の言葉を「恥ずかしい」とか「出さないのが日本人」とかいう時代じゃないと思うんです。もう。

こういうようなことから初めてみれば、私たちの世界も少しずつ変わっていくと思いませんか。


私も頑張りますので、みんなも何か初めましょうよ。もうすぐ春ですし。


ところで、ひな祭りに、はまぐり、いつからですか? 知らなかったよ、俺の文化に無かった・・・(苦笑)